一晩吹き荒れた風が凪いだ。白く昇る朝陽が対岸の村上軍の船団を
焼け落ちた小松の館を
ほんの瞬間、尚隆の目から隠した。
低く波音の他には、鳥の声ひとつない静寂。
暫時、世界が止まったかのように。
水際の岩に腰掛ける尚隆の目に映るのは
すでに決別を決めた世界。
次の朝を迎えることは最早ない。
対岸に陣を置く村上が、この出城に夜襲もかけずにいたことが、
彼らの揺るぎない自信を示している。
村上の軍をもってすれば、この陣の壊滅など
まさに赤子の手を捻るようなものだから。
”この首で何人の民を贖えるかやってみる”
などとは、笑止な言い種であることを
尚隆自身が一番よく判っている。
村上は、尚隆自身ばかりでなく
小松の民のただ一人も生かすつもりはない。
物騒な民なのだ。水軍などというものは。
死ぬるとは、いま少し怖ろしいものかと
思ったのだがな。
不意に胸の内に浮かんだ独白は、
かすかな驚きを伴って尚隆の腑に落ちた。
この海を空を民を、これほど愛していたのか。と。
全てを失う今になって、
目前にした死への恐怖より強く
惜別と愛着が胸を締め付ける。
ふ、と尚隆は太い笑みを浮かべ立ち上がった。
”この命で民の一人でも守れるならば
それこそが俺の本懐だろう？”
