「やはりおまえか」
　
そう言って扉に寄りかかる男の憮然とした顔を見て
利広はくすりと笑った。
「もっと早く現れるかと思ったのにな。
・・・おかげでこの見世に１０日も居続けだ」
　
雁国随一の繁華街。
なかでもその格式において一，二を競う大見世で
連日連夜の大盤振る舞いをし、居続けをする
南の商人がいるという噂を、久しぶりに街に降りた
尚隆が耳にしたのが先刻のこと。
　
その人相風体を聞いて、もしやと様子を見に来てみれば
彼が居たというわけだった。
予想に反していたのは、今宵の彼が芸妓も側に寄せず
一人で居たことだけだった。　
　
「なにをしに来た」
「ひどいな。
久しぶりに北の大国で贅沢三昧を楽しもうと思ってきたのに。
ついでに風漢と酒でも飲もうかと思って」
くすくすと笑って利広は云う。
　
「この国は、まあ
気まぐれな王が碁石を手にしない限り、安心だからね」
「ふん」
「今夜会えなければ明日には帰ろうかと思ってたんだ。
北の大国のあれこれも見聞できたしね」
「俺が来ると？」
「この街で派手な噂になれば、きっと引っかかると思ってさ」
　
　
　
　
　
　
　
　
　

”帰山”からしばらく経った雁国の繁華街での一幕。
六〇〇年の大妖にかかっては五〇〇年の殿も雛扱いなのでしょう。
尚隆にしてみれば、危ない場所以外では行き会わない彼が自国にいるという事態は、何とも落ち着かない気分なのではないかしら、と。
　
ちなみに利広が着ているのは「いちばん妓にもてる衣装」と妓楼の主に誂えさせた「延王風」と呼ばれているもの。
半身をおおうほどの赤い肩布が特徴です（もちろん”東の海神・・”表紙・笑）。
　
はてさて、こんな利広さんはいかがでしょうか？