^{またしても「帰山」から。南の風来坊と北の殿との”2度目”の遭遇の場面です。
タイトルは「此処で遭ったが100年目」。
彼の胸中のせりふは「・・・あんた何者」(笑。
　
ワタクシ思うに、この二人以外に自国以外の状況を己の肌身で感じるために、あえて傾きかけた処をふらつく
なんてことを思いつく酔狂な奴は、十二国広しといえどもそうそう居なかったのでは。
　
特に風漢に出会うまでは、利広さんは「こんな物好きはわたしだけだよなー」と多少自嘲気味に思っていそうかと。
なので「風漢」との2度目の遭遇は、彼にとってはかなり不意打ちな出来事だったんじゃないかと思うわけです。
「どっかで絶対に遭った事があるけど、たぶん話もしてるんだけど、それがいつで何処だったか思い出せない」と
このときの彼は思っております。
本人的にはさりげない観察のつもりでおりますが、うっかり素の顔ででガン見しちゃってるって状況ですね(笑。
　
　
2013年9月の夢幻夜話さまの「激白祭」に奉納しましたら、主催の未生さまに素敵なお話を頂きました。
描ききれなかった街のにおいまでもがしっかりと！　そしてなにより殿が滅法素敵なんですよ(笑。わーい。未生さまありがとうございました。
　
未生さまの『夢幻夜話』はこちらからどうぞ。}

放浪邂逅 　喧騒が響く街を歩いていた。どこか、熟れ過ぎた果実のような腐臭が漂う街路を。やはり、この国は傾いている。今宵の舎館を探すのも苦労しそうだ。風漢は小さく息をついた。 　この世で最も速い脚を誇る騎獣を持つと、出奔するのにはよいのだが、時折出先で苦労する。大国を見て回った頃には難儀もなかったのだが、危ういと言われる国を回るようになってからは、相応の手間がかかる。稀な騎獣は狙われやすい。しっかりとした厩と厩番を持つ舎館を選ばなければならないのだ。気に合う宿を見つけた頃には気の利いた夕餉を出す店を探す気力が失せていた。風漢はそのまま舎館の飯堂へと向かった。 　雑然とした飯堂には酔客が溢れ、歓声や嬌声が響く。そんなものを聞くとはなしに聞きながら、風漢は独り酒を飲んでいた。 　不意に視線を感じ、風漢はおもむろに首を巡らした。やはり独りで飲んでいる若者と眼が合う。僅かに眼を見張る若者は、少しだけ頭を下げ、眉根を寄せた風漢に笑みを見せた。人当たりの良い柔和なその顔は、どこかで見たような気がしないでもない。しかし、それ以上は思い出せなかった。 　頼んだ品が運ばれてきた。まずは腹ごしらえだ、とばかりに顔を逸らす。それでも、風漢は意識を若者に向けつつ飲み食いを続けた。 　件の若者は時々ちらりと風漢を見やる。柔和な笑みはそのままに、値踏みをするような気配。周囲は享楽的な酔漢ばかり。その中で、一筋の緊張を孕んだ糸が張られている。面白い。風漢は唇を歪め、それとなく若者の様子を窺った。 　歳の頃は二十と少し、身なりは良い。さりげなく見やると、卓子に並んだ夕餉もなかなか豪勢なものだ。きっとどこぞの坊ちゃんなのだろう。そんなことを考えつつ、夕餉を平らげた風漢は手酌で酒を飲み続けた。しばらくすると、また。 　風漢を眺める若者は、今や笑みを消していた。 　あんた何者？ 　そんな声が聞こえてきそうな貌に、胸で返す。 　それはこちらの科白だ。 　確かに、いつか、どこかで。 （――生憎、借り物なんだ） 　相応に立派な騎獣を連れ、柔和に笑んでいた身なりの良い若者――。 　あ、と思い出して視線を投げてみれば、若者はもうそこにはいなかった。あれほどの存在感を持ちながら、気配を殺して立ち去ることができる。その事実が風漢に確信を抱かせた。かつて、同じように軋みかけた国の都にていっとき言葉を交わした風来坊だ。思い出すまでこれほど時間がかかったのは、それがかれこれ六十年ほど前のことだからだ。風漢はひとり笑いを噛み殺す。あれは、きっと、同類だ。人があれほど変わらぬわけがない。それならば。 　またいつか、どこかで出会うだろう。傾きかけた国を彷徨っていれば、きっと。放浪の果てに邂逅したならば、次には声をかけてやろう。 　久しいな、と。 　若者がどんな貌をして答えるか想像しつつ旅をするのも悪くない。風の漢を名乗る王は、埒もないことを考えて、太い笑みを見せた。 2013.10.07.　夢幻夜話　未生さま